五感(視覚・聴覚・味覚・嗅覚・触覚)の中でもあまり重視されていない嗅覚(きゅうかく)ですが、“におい”はおいしさを感じたり、危険を察知する役目を持つなど、人間の基本的な機能に欠かせない重要な感覚の1つです。

検査の必要性

* 嗅覚減退(においが良く分からないこと)のある方
ガス・ガソリンもれ、火事の煙、食物の焦がしたにおいなど、気付くのに遅れると生活上危険なので検査・診断が必要です。
* におい・香りが重要な職業の方
調理師、ソムリエの方や焼酎醸造、アロマテラピーなどに従事されている方は、嗅覚が自分では正常だと思っていても、自分の正確な嗅力を知ることは仕事のqualityを高める意味でも大切です。
* 高齢の方
視力、聴力と同様、加齢により嗅力も落ちる事が最近明らかになったので、注意が必要です。

嗅覚障害の検査・診断法

* 基準嗅力検査
5種類・8段階の薬液を濾紙に浸して、においをかぐことによりその種類を答える検査です。過去17年間で延べ2400人検査しました。
平均認知域値すなわち嗅力は、−2から5.8であり、1以下が正常で以後、軽度・中等度・高度障害と段階的に判別され、5.6以上が嗅覚脱失となります。

* カード式嗅覚検査
日本人の生活習慣に適合した香りを中心に選択された簡易な嗅覚同定検査です。
4つの選択肢から、何のにおいを感じたかを1つ選んで回答する検査で、12種類中、9種類以上正解が正常です。
選択肢として、家庭用ガス、バラ、墨汁などがあります。

* スティック型嗅覚検査
2つに折り曲げた薬包紙に、においスティックを塗布し、擦りあわせた後、匂いを嗅いで回答する検査法で、においの種類、判定法などはカード型嗅覚検査と同じです。
選択肢として、カレー、バラ、蒸れた靴下などがあります。

* 静脈性嗅覚検査
アリナミン(VitB1)を静注して潜伏時間・持続時間を測定します。

* 鼻腔内視鏡(ファイバー検査)
鼻アレルギー・慢性副鼻腔炎・鼻茸(ポリープ)などの疾患の有無、嗅裂部の開存度をチェックし、鼻腔所見はTVモニターにて供覧できます。

* 日常のにおいアンケート
日本人の生活様式をふまえたアンケート検査で、正解率70%以上が正常です。

嗅覚障害の治療

* リンデロン(ステロイド)点鼻療法
懸垂頭位(仰向けに寝て、肩枕を入れ、かなり反り返る姿勢)にて点鼻液を両鼻腔に3滴ずつ点鼻し、そのままの体勢にて5分間保持する治療を、毎日朝夕2回行います。
ベッドサイトにて具体的に指導し、受診のたびごとに点鼻室にして点鼻します。従来の懸垂頭位法(写真)の他、頚椎の悪い方には側臥位法を行います。

* 当帰芍薬散
主に新型コロナ後遺症、感冒、交通事故などの嗅神経性嗅覚障害や、妊娠中の方に対して処方する漢方薬です。
* 嗅覚刺激療法(嗅覚トレーニング)
主に新型コロナ後遺症に対して施行します。日常、身の回りのものを頻回に嗅ぐことによって神経の興奮を持続させる方法です。
* 上咽頭擦過療法
新型コロナ後遺症、自己臭症(副鼻腔炎はないのに常に自分が臭く感じる)に対して1%塩化亜鉛を咽頭扁桃に綿棒で擦過します。週2回5週間の計10回行います。

Sweet Smell 02-03月号

基準嗅力検査にニオイ語表は不要

基準嗅力検査は、平均認知域値が「嗅力」に相当するほど、最も重要な嗅覚検査です。ただこの検査は嗅いだにおいを自分の言葉で答えるという検査方法が難しいため、以前から「基準嗅力検査で用いるニオイ語表」(写真)が多くの施設で実施されています。

この語表はにおい試薬各々に4つの選択肢が設けられ、その中から一つ選んで回答とするのですが、問題は選択肢の内容です。Osit-QやOpen essenceの如く、4つの異なる名称ではなく形容詞(良いニオイ、いやなニオイ)と具体的名称とが混在しており、実質2択のようなもので、基準臭Bに至っては4つのうち3つが正解(焦げた、カラメル、甘い)ですので、本来の検査方法と比較するとスコアが格段と良くなってしまいます。同一の医療機関でもこの語表を被検者全員に使用するのか統一しないと画一性に乏しいデータになってしまいます。

私がこの語表を否定するもう一つの理由は、自分で答えることで被検者の嗅力を最大限に発揮できるということです。以前、基準臭B(メチルシクロペンテノロン)の答えを映画館と答えた方がいました。映画館といえば幼少の頃の薄汚く臭いイメージがあったので不正解にしたところ、シネコンのキャラメルポップコーンの甘い匂いの意だということで正解にしました。

語表を用いると一生懸命考えずに、当てずっぽうで安易に選択肢を選ぶ可能性もあります。また答えのバリエーションが少なくなり異嗅症、コロナ後遺症、認知症の正確な診断がしづらくなります。当院では18年間で延べ3000人を超えましたが1回も使用したことはありません。現状の検査方法での認知域値がリアルに「嗅力」と言えると思います。

保健研究協議会で鼻うがい

松原小学校主催の中央地区保健研究協議会が、かごしま国際交流センターで開催され、 昨年に続いて(主管校が異なるため)学校医講話を担当しました。

5分という短い時間で、においスティック検査の「香水」と「材木」を施行しましたが今回も正解率はよかったです。また鼻洗浄を今年も実践しました。準備と後始末がやや大変ですが、座学だけよりも、こういう実技(パフォーマンス?)を取り入れた方が参加者の印象に残るとは思います。

3回目の金沢

味と匂学会(2010年2-3月号参照)、第1回嗅覚冬のセミナー(2014年4-5月号参照)以来3回目の金沢に所用で訪れました。

「居酒屋こいで」の獅子海老、キジエビ、鬼海老、白がす海老、のどぐろが最高でした。「紅牡丹」の甘えびつけ麺(香り成分:ジメチルジスルフィド)もご当地的な美味でした。ただ悪天候のわりに観光客がかなり多いのには閉口しました。金沢駅、観光用周回バス、観光地周辺の歩道・・。タクシーに至ってはホテルから予約を断られるほどでした。が、一番驚いたのはセブンイレブンのレジが9つもあったことです(笑)。

この原稿の書き始めは12月末でしたが、まさか校了する時点であのような大地震が起きるとは誰が予測できたでしょうか。石川県の皆様にお見舞い申し上げます。


この欄では毎月におい・香りについての話題・所感について掲載する予定です。
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