Sweet Smell 4・5月号

先日「匂いの帝王」(チャンドラー・バール作 早川書房:以下「帝王」)と、「香りの愉しみ、匂いの秘密」(ルカ・トゥリン作 河出書房新社:以下「秘密」)を数ヶ月かけて読み終えました。しかし先に読んだはずの「帝王」の印象しかありません。その理由として以下の4つが挙げられると思います。

一つ目はなんといっても、においの比喩的表現です。この単一分子は食べ残しがある皿の上にバナナの皮を置いた匂いで、まさしくゲロの匂い(P275)、マニラのごみ箱のような匂い(P275)、温まったパパイアと安物のマニキュアの匂い(P275)、段ボールは豊かで暖かみやスパイシーな面のあるウッディな匂い(P407)など、複数の具体的なニオイや形容詞を併用しているのが特徴です。臭いにおいでも、あえて"臭(にお)い"でなく、"匂い"と表記しているのは彼なりの皮肉でしょうか。
そこで私も考えてみました。"古本"は世間的には懐かしく心温まる匂いとの評価ですが、どうも好きになれません。自分には「馬の尿で湿ったオガクズの匂い」に感じます。

二つ目はトゥリンの自己中心的かつ攻撃的な性格です。さぞかしその読者が増えたことでしょう(P267)、男性香料は制約だらけで使えない香料が多い(P336)、など批判精神が旺盛であり、ほとんどの女性用香水は摂食障害からヒントを得ている(P276)、香水文化はゲイ文化(P397)など差別的発言とも取れる痛烈な表現が続きます。
しかしながら「帝王」は本人へのインタビュー、周りへの取材、資料を元にしてのフィクションなため、トゥリンの人物像は多少脚色されているのではという気もしました。それは本人が筆者である「秘密」が意外なくらいに文面が穏やかで謙虚さが滲みでていることからも伺えます。

三つ目はとネイチャー誌とトゥリンとの間での論文投稿における裏事情が赤裸々に描かれていることです。これがマスコミにこの本が大きく取り上げられた最大の理由と言われています。(他人の)論文を読む時は緊張する(P326)という自分の研究、アイデアが先取りされていないかとの焦燥感や、受理に際して自分の論調を貫きたい反面、掲載されるためには、査読側の指摘(削除・訂正など)に従わなければならないという葛藤などは判る気がします。ましてや論文が掲載不可と判断された時の絶望感は多大なるものでしょう。
一方、学会誌側の立場としては、彼の人間性に問題ありとの意見が出たり、また新説を認めるとなるとある意味困る事情があるのかもしれません。ちなみに査読者がその論文の専門でないことはありえるでしょうが、読んでも無いのにハナから空論と決め付けて却下するというのはありえないと思うのですが・・。巻末の"科学の素人はほとんど"、"科学は完璧に知的な市場であるという美しくささやかな虚構を心から信じている"、"居徳権益が新しいアイデアを吹きとばす"、"エゴが創造性を押しつぶす"という4つに、彼の今回の顛末に対する憂いが集約されていると思います。

四つ目は私の新たな教科書がまた一つ増えたということです。においの受容についてはアクセル&バックの受容体説が既に確立された感がありますが、形状説と、分子に含まれる電子結合が固有の和音を奏で分子を特定できる(P362)という分子振動説との歴史的関係が少し理解できた気がしました。
他に化学構造式とにおいの関係や、タバコの臭いが残るのはチトクロームP-450がにおい分子の分解を抑制しているため(P353)ということなどが勉強になりましたが、やはり"匂いは単なる主観か客観的実在かは難しい問題"(P370)だと思います。「秘密」での"なにかが鍵穴をまわさなくてならない"という如く、調香師であるトゥリンを含む嗅覚研究界全体の将来の発展を期待したいところです。

皆様にも読んだ感想を聞きたい一冊です。私ももっと勉強してまた3年後に改めて読んでみます。きっと今回とは違うニオイのする本となっていることと思います。