Sweet Smell 2・3月号

最近は空前の香りブーム、いや香料ブームと言っていいほど、生活空間が香料の人工的なニオイで占められていると実感しています。私は昔から車やバスのニオイが嫌いで今でもタクシーに乗ると真冬でも窓を開けます。一昔前の代表的な香料と言えば、車やトイレの芳香剤のラベンダー・金木犀の匂いであったのに対して、最近のブームの火付け役と言えば洗剤・柔軟剤のバラの匂いが挙げられるでしょう。私は洗濯した後は肌着やワイシャツなどよりもズボン系(ジーパン、スラックスなど)の方がニオイがより際立つと思っています。履いて立っている時よりも座っている時の方が下半身と鼻との距離が近くなるためか、余りにも強すぎるバラ(薔薇というよりフェニルエチルアルコール)のニオイで段々と気分が悪くなってきます。よってパソコンなどのデスクワークにおいては学会等における数々の報告に反して、バラの"臭い"が負荷されることによって私個人は逆に作業能率が落ちるようです。そこで今回はいわゆる化学物質過敏症と、香料の是非について述べてみたいと思います。

化学物質過敏症(Multiple Chemical Sensitivity)の病態については諸説見られます。互いに関連性のない多種類且つ微量の化学物質に再現性を持って症状を引き起こすので化学物質アレルギーと解釈すべきとの報告がある一方で、様々なニオイに過敏に反応するが、Th2が低めであるのでアレルギーとは異なるとの意見、一部の化学物質は鼻粘膜より直接脳内にバリアフリーで流入することより軽い中毒症と見做すべきで、現に2009年からの傷病マスターにおいても同疾患の登録は「詳細不明の物質の毒作用」に分類されているという意見、ひいては特定の化学物質が特定できず、化学物質と症状の因果関係が証明されていない以上は化学物質という名称を使うべきではなく、「本態性環境不寛容状態」または「本態性環境不耐症」という名称が望ましいとの意見まであります。

症状としては疲労、頭痛、不安感、集中力の欠如、うつ状態などが主なもので、神経学的には自律神経系の不安定性に基づく交感神経の過緊張の状態です。シックハウス症候群の原因物質としてはホルムアルデヒド、アセトアルデヒド、トルエン、キシレン、パラジクロロベンゼンなどがあります。またアロマにおける介入例もあるそうで後述します。

治療は、基本的には対症療法ですが、何よりも化学物質に対する減量・換気が最優先で、体外への排出促進の薬物療法としてはグルタチオン、タウリンなどがあります。他にビタミンCやミネラルの摂取、運動療法、温熱療法(サウナ)、予防策として生活リズムの安定化、ストレスの軽減などが挙げられます。また女性ホルモンは記憶のホルモンでもあり、女性が化学物質過敏症になりやすいのはこの記憶能力が最大限に利用されているからと言われています。

現在の薬事法では医薬品、医薬部外品、化粧品が定められており、全てに香料が使用されている可能性があります。化粧品では香料を着色剤として用いる場合は成分表示名を香料と表示してもよいことになっていますが、医薬品ではその全量に対する配合割合が0.1%以下の場合は成分名を"香料"、分量を"微量"としても差し支えないとされています。また現在日本薬局方にはハッカ油(ペパーミント油ではない)を含めて7品種が収載されています。発現の可能性が示唆されている揮発性有機化合物にはアロマセラピーに用いられる精油の一種のピネン、リモネンも含まれます。そのため精油は化学物質過敏症の症状緩和に有益だと言われていますが、逆に原因にも成りかねません。また本疾患は曝露量、距離、時間が関係するので、精油に対しては成分、含有量を知るために添付の成分分析表をよく確認する、精油原液に長時間曝露されない、薄い濃度で使用する、使用時間を短くし回数も減らす、キャップをしっかり閉めて換気に十分に留意する、もし気分不良をきたしたなら直ちに使用を中止するなどの配慮が必要と昭和大学医学部薬理学講座の青暢子先生は警鐘を促しています。

2005年より岐阜市を中心とする地方自治体が香料の自粛運動を繰り広げており、「香料、整髪料自粛のお願い」として「香料等は化学物質の過敏症を誘発することがありますので配慮されますようお願いします」「化学物質過敏症の方々においてアレルギー症状や喘息を誘発することがあるので配慮されますように・・」との看板、案内板が市内の公共施設等で見られるそうです。それに対して香料業界がこの運動に対するネガティブキャンペーンをマスコミを中心に展開しています。冒頭でも書いたように私は強い香料の香りは好まないし、何でも"アロマ"とネーミングすれば売れるというような安易な考えが業界に蔓延しているのではとの思い、アロマセラピーに携わっている以上、天然のアロマは"善"、人工的な香料は"悪"との考え(偏見?)、そして何より私自身が化学物質過敏症と診断した患者さんも数名いることより香料に対して否定的な気持ちはあります。がしかし一方でこれほど"匂い・香り"を世間一般に普及させたことは多大なる功績であり、精油を中心としたアロマセラピーのみではこれほどの啓蒙は到底不可能と認めざるを得ません。なので何とか共存共栄できないものかと複雑な思いです。